大火の跡


5/3法事のため母方の故郷、新潟県糸魚川市に日帰りで訪れました。甚大な被害を出したのは新幹線停車駅となった駅舎の「日本海口」と呼ばれる方で、「頑張ろう糸魚川 負けるな糸魚川」の垂れ幕が掛けてありました。


私が子供の頃訪れた駅前から連なる商店街は「雁木造」と呼ばれる軒先が連なり、雪を避けて歩くことができる構造でした。火事の拡大の原因になったとか言う方もいましたが、さほど大きな要員ではなかったと考えます。近年雪も降らなくなり雁木造の必要性も減り、今後再建された地区にはなくなっていくのでしょうか?


火元から日本海に向け強風に煽られた火の勢いで建物は僅かに鉄筋の銀行が残る程度、瓦礫の片づいた今は家の区画や門戸だけの残る無残な光景が広がっていました。僅かに立て直しに向かっている住戸もありましたが、大半はこれからで建坪率の変更など立て直しへの課題も山ほど抱えているようです。


私の小さな頃は家の裏手には広大な日本海が広がっており、遮る物は少なかった記憶があります。海との間にはバイパスができ、建物が増えいつしか海は少し歩かなければ見えなくなりましたが、被災の影響で再び海が一望できる光景が広がったのは一番のショックだった気がします。

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大火の跡 への2件のフィードバック

  1. koozyp のコメント:

    こんにちわ

    見事になにも無くなってしまってちょっと悲しいものですね
    これを期に伝統的な町並みを復活とも思いますが先ずは
    元通りに復興が先にもなってしまってそういうのは
    難しいのかもしれませんね  この辺りは雁木造りが特徴の
    町並みなのですが自治体の方では伝統的な街並みの保護まで
    手が回らないのが実情の様でこれからが心配ですね 建て替え時は
    雁木の復元とかには補助金を出すとか税金の一部免除とかやれる
    事は有ると思うのですがね   当日は海からの強風が延焼の元ですから
    雁木の有る無しは余り関係が無い気がしますね 海が見える様になって
    しまったのはちょっとですが新しい街並みには海が近いというのは
    活かせる様な気がします 次がどうなるか暫くは注目でしょうね

    それでは

    • hatti のコメント:

      こんにちは。
      これでも半年以上経ち焼け跡の瓦礫が片づいた後なので、臭いもなくなりまだ良いのでしょうね。
      糸魚川という場所はさしたる名物もあるわけではないですし、新幹線は止まりますがローカルな場所です。
      町も中途に新しい建物が増え、次第に商店が寂れていた感じだったので、雁木も古いところは少なくなっておりあまり「伝統的な町並み」は蘇らない気もします。
      町がどうなるかより、高齢者も多いのでまずは住戸の復活が優先となるのではないでしょうか?
      今回近い親戚は被災を免れたのですが、活気ある町並みが出来上がることを祈らずにはいられません。

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